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本県の紹介

温泉 山風 東港渓

 1990年代初め、社会運動や労働運動を推進する社会団体が原住民のルカイ族と共同で瑪家ダムの建設反対運動を始めました。その後、「好山好水(山紫水明の意)」という言葉は屏東県の風景を表す言葉となり、さらに客家人の金曲賞受賞歌手、林生祥の歌の中で力強い叫びとなって人々の間に広まりました。

   その後、屏東の観光アピールの中で「好山、好水」というコピーが国境の南にあるユートピアのような土地を表す言葉として多く使われるようになりました。

 具体的にいえば、「山」は大武山を指しています。大武山は中央山脈の最南端にある山脈で、屏東の南北に綿々と連なり、来義郷を境として北側を北大武山、南側を南大武山と呼んでいます。北大武山の主峰は標高3092mで、台湾五嶽の中で最南端に位置する山脈です。屏東平原の東側にそびえ、大武山を越えると台東県境になります。

 都会の高層ビルが視界を遮らなければ、大武山は屏東県の全域から眺めることができ、その姿を刻々と変化させながら美しい様々な表情を私たちに見せてくれます。

 晴れ渡る早朝、大武山は真っ白な衣裳に身を包んだ美しいダンサーのように見え、日没の頃になると急に暗い雲に覆われ、黒いマントを付けた魔女のように見えます。

 大武山の庇護のもとに暮らす屏東県の主な2つの原住民-パイワン族とルカイ族は、彼らの祖霊がその深い山奥に眠る大武山を聖山として崇めています。パイワン族の重要な祭りである5年祭は祖霊の住んでいる場所から全ての祭典が始まります。

 屏東県徽章の背景に描かれた緑色の山脈が大武山です。その中央に見えるのが台湾最南端の灯台-鵝鑾鼻灯台です。

 国境の南にある屏東の魅力は南国ならではの数々の不思議な物語の中に伝えられています。恒春半島の月琴の音色には時を越えた南方の想いと深い郷愁が溢れています。西の空に陽が落ちるころには、米CNNの「世界の夕陽絶景スポットベスト10」に選ばれた関山の夕陽が楽しめます。

 川は文化を育み、文化は民族の質を高め、豊かにします。高屏渓東側にある萬丹郷は歴史的に屏東県の穀倉地帯と呼ばれてきた地域で、阿緱城(注1)より上流にある九如郷や里港郷にかけては高屏渓の豊かな地下水があり、水産養殖業が盛んです。さらに上流にある高樹郷は水源水質水量保護区に指定され、全地域において水の汚染をもたらす大型開発が禁止されています。

これが屏東のきれいな水です!

 屏東県の母なる川といえば、東港渓をおいて他にないでしょう。大武山を源とする東港渓はパイワン族の住む原住民地区、来義郷から台湾海峡まで流れます。途中、客家の集落が密集する萬巒や内埔を流れ、さらに南州郷を通って東港鎮で海に入ります。東港渓が流れる美しい大地は豊かな物産をほこる屏東平原です。

 この土地には瑪家ダム反対運動を起こした反骨精神があり、屏東を愛する当時の若者たちの勇敢な行動によって、屏東平原の美しい山々や澄んだ水が守られました。

 大潮州地域の砂礫層を流れる伏流水は、日本統治時代に鳥居信平が設計した二峰圳の中を今も流れ続け、豊かな水脈を保っています。屏東県政府と農業委員会林務局により、二峰圳の水利施設の設計原理はすでに新たに開かれた林後四林園区内に保存されており、この状態を維持してゆけば、大武山の豊かな自然景観は今後も守られていくことでしょう。

 緑の山々と澄んだ水、そして美しい自然の風景。年間平均気温が24度を越える屏東県全域には、毎年夏になると各地から900万人を越える観光客が枋山や車城を通って恒春半島を訪れています。

 恒春半島は世界的に有名なサンゴ礁を擁する半島で、民謡が歌い継がれてきた故郷です。そして百年の温泉文化をもつ半島でもあります。

 恒春半島の百年の名湯、四重渓温泉はかつて牡丹社事件が起こった山の鞍部にあり、ここでは温泉に浸かるだけでなく、過去の歴史と衝突が交錯する空気を感じることができます。温泉に入って日頃のストレスを癒せば、過去の衝突も自然に水に流れることでしょう。

 海上に浮かぶ一粒の真珠-小琉球も屏東に属します。小琉球はサンゴ礁の島で、アオウミガメの新しい故郷です。その風土風俗は屏東平原と同様に美しく、各国から移民が集まっています。
 
注1:阿緱、または阿猴という。当時高雄や屏東一帯で活躍したシラヤ平埔族の支族マカタオ族の言葉で、屏東を指して呼んでいた発音。高雄のマカタオ語の発音がDakauだったことから「打狗」と音訳され、当時の高雄は「打狗城」と呼ばれていた。